弓削の昔の暮らし:山で取れる燃料

■燃料の取り方
 弓削島では1960年ごろまで、山に燃料を取りに行っていました。山で取れた燃料は、松、そくだ(松葉)、松ぼっくり、どんぐりの木、くぬぎ、色々な葉のかれ葉などです。特に、そくだがよい燃料になりました。

(写真:そくだ(松葉)、松ぼっくり)

 弓削島の中央部にある下弓削地区では、毎月10日と20日と日曜日(ただし、毎週ではない)に、山にそくだを取りに行っていました。山には持ち主がいるので、取りに行ける日が決まっていました。下弓削地区では、主に久司山(くしやま)や古法皇山(昔は大山と言った)に取りに行っていたそうです。頂上までは行かず、山のとちゅうで取っていました。また、山ではなく、たくさん松があった下弓削地区の浜都(はもと)にある松原にそくだを取りに行くこともあったそうです。

 山にはひと家族5~6人で行き、人力で燃料を運んでいました。わらなどであんだ「イグリ」という道具に燃料を入れて、それを「サス」という棒の前後にぶらさげて、かたにかついで運ぶことが多かったそうです。サスの前後にぶらさげたふたつの燃料一組を「1荷」と呼びます。1荷でだいたい60㎏あったそうです。1度に20荷(か)くらいの燃料を取って来たそうです。

(イラスト:1荷の燃料を運ぶ人)

 山で燃料を取るのは、だいたい午前6時から7時の間に始め、夕方までかかったそうです。燃料はかわかせば使えるので、雨の日でも山に行く人もいたそうです。

 燃料を取る時には、おの、くまで(がんじき)、かまなどの道具を使っていました。取ったものは、さす、いぐり、背負子(しょいこ)、大八車(だいはちぐるま)、うばぐる、リヤカーなどで運んでいました。おのは、刃(は)の横はばが約8センチ、手で持つ木の部分は約78.8センチ、くまでは、大きいものでたての長さが約140.5センチから140.6センチ、かまは、たての長さが39センチほどありました。

(写真:おの)

(写真:くまで)

■燃料の使い方
 取ってきた燃料は、かまど(台所)、おふろ、冬にはたき火などで使っていました。

 そくだは、取ってすぐに使うことができました。木を割って作る「わり木(まき)」は、ぬれている場合は、かわかして使いました。

(写真:木を割るおの、わり木)

 そくだやわり木は台所用で、おふろをわかすのに使うとおこられたそうです。集めたり割ったりするのに手間がかかっているので、何を燃やしても出来るふろたきに使ってはもったいない、と考えられていたからです。ちなみに、そくだは100~200グラムだと、約30秒でもえつきてしまうそうです。

 燃料として燃やした後の灰は、肥料として畑に入れて使っていました。むだにすることはありませんでした。

■子どものころの思い出
 お話をうかがったのは、平山和昭(ひらやま・かずあき)さんです。1942年生まれで76才です。出身地は、弓削島の土生(はぶ)です。平山さんは小学生くらいの時から、そくだを集めたり、大人が運びやすいように燃料を一か所に集めたりする手伝いをしていました。ただ、小学生くらいまでは、秋にはきのこやアケビを取るなど半分は遊びだったそうです。

 また、中学生になると、山でわり木を作ったり、山から運ぶ手伝いをしたそうです。「そういう仕事は肉体的には楽ではなかったけれど、一人前になった気がした」と教えてくださいました。

 平山さんは「ふろたき」の手伝いもしました。しょっちゅう燃やすものを追加しなくてはならなかったので、ふろがわくまで遊べず、また夏は暑くてたまらないので、ふろたきはいやだったそうです。ただ、ふろをわかすと、夕食の後に近所の人たちも入りにくる(もらいぶろ)ので、近所の同級生も手伝ってくれたそうです。ふろたきで楽しみだったのは焼きいもを作ることで、できた焼きいもは友達といっしょに食べました。

(写真:ごえもんぶろ)

(写真:ふろのたきぐち。ここで焼きいもを作った)

※年れいは2020年3月末時点のものです。

【取材協力】
平山 和昭(ひらやま・かずあき)さん(1942年生まれ・弓削島出身)

【調査・文章・写真・イラスト】
2019年度弓削小学校6年生

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