岩城北小学校

■岩城北小学校の歴史
 岩城北小学校は、昔、小漕(おこぎ)地区にあった小学校です。1877(明治10)年ごろに、知新(ちしん)小学校分室として始まったと言われています。そして、「小学校分室」、「長江分教場」、「長江分校」、「北小学校」、「岩小北教場」と名前を変え、1967(昭和42)年に岩城小学校と統合しました。北小学校があった場所は、今は北公民館になっています。

■私たちのおばあちゃんが小学生だったころの話
 岩城北小学校に通っていた岡野ムツ子(81歳)さんに、当時の話を聞きました。1945(昭和20)年の時は、1〜4年生しかいませんした。5〜6年生になると、岩城小学校に行って勉強していたそうです。1〜2年生で1クラス、3〜4年生で1クラスで、1クラス7人くらいしかいませんでした。先生の人数は、各クラスに1人で学校全体で2人だったそうです。登校時間は8時で、下校時間は4時でした。授業の科目は、国語、算数、理科、社会、音楽、書写だったそうです。運動会もありました。でも、部活はなかったそうです。

 給食はなく、昼は家に帰って食べ、もう1度学校に行っていたそうです。畑はありませんでした。夏休みは、1か月以上ありました。委員会もあったそうです。動物は、うさぎを飼っていました。校歌は、変わっていないそうです。エアコンはなかったそうです。

 校舎は、L字型になっていました。教員住宅も同じしき地にありましたが、やがて川をはさんでとなりの場所に移動になりました。

■感想
 私は、北小学校があったことは知っていましたが、くわしくは知らなかったので、知れてよかったです。児童数が思ったより少なかったので、とてもびっくりしました。先生もたった2人だったので、今と全くちがうなと思いました。

※年れいは2021年3月末時点のものです。

【取材協力】
岡野 ムツコさん(1939年生まれ、岩城出身)

【参考文献】
岩城村『岩城村誌 下巻 現代編』1986年(昭和61年)

【調査・文章・写真】
2020年度岩城小学校6年生

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